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2009年11月30日月曜日

たぶん、これが心に関わる様々な問題の本質です

ようやく、私が理解した『心に関わる問題の本質』を文章にまとめることが出来ました。

その内容はピュアハート・カウンセリングのホームページに掲載しています。


このブログでは、その結論部分だけをご紹介します。

(ちなみに、サブ・タイトルを付けるとしたら『群れる動物としての子育て、群れない動物としての子育て』という感じになります。)


心の苦しさには、次の2つの原因が関わっています。

  1. 根本原因
    人類がサルであることを忘れ、本能に反する行動を身につけてしまい、本能的な行動が出来なくなってしまったこと

  2. 二次的原因
    精神反応(精神症状・身体症状・反応・行動など)とその原因を誤って理解していること


""によって考え出される多くの解釈が、私たちに大きな混乱を引き起こし、心の苦しさなどを解決できない状況を作り出しています。


この詳しいことは、拙著『あなたにもある心を回復する機能』で詳しく説明しました。



今回ご紹介する『心に関わる問題の本質』では、心に関するそれら多くの解釈を排除したときに残る根本的な原因について説明しています。



その結論を短く説明すれば次のようになります。

  • 心に関わる様々な問題が生じるのは、『自分を守る機能』を他者に委ねられなくなってしまったことによる 
  • 現代の社会には、『自分を守る機能』を他者に委ねられなくなってしまう事情がある

つまり、 
  • そんな事情を理解して、みんなが『自分を守る機能』を他者に委ねられるようになれば、心に関する様々な問題は解決し始める
 ということになります。


詳細説明は、次のリンク先へ! --> 心を取り巻く問題の根本原因


近日中に、この解釈に基づいたイメージ・トレーニングを考えて、ご紹介したいと考えています。


2009年11月16日月曜日

しし座流星群が騒がしい!?

今年は、しし座流星群が騒がしいようです。

以前、私は「どうしても流星雨が見たい」と思って、1995年くらいからしし座流星群を毎年追いかけてきました。

好条件で流星を見るために、極大予想日の当日に天気図を見て行き先を決める。

雨の予報でも、晴れ間を探して、雲の切れ目を車で夜通し追いかけて走ったこともありました。

そのかいあって、2001年には見事な流星雨の中に身を置くことが出来ました。

それで私もすっかり満足したことと、それ以降は流星雨の可能性に関する予測も紹介されなかったために、今日まで特に気にせずに過ごしてきました。

しかし、今年は、ちょっと騒がしいので、2001年に参考にしていたアッシー博士のページを見てみました。そこからリンクされている次のページの図が、2001年の時と近いのではないかと感じて、ちょっとワクワクしています。

http://www.imcce.fr/en/ephemerides/phenomenes/meteor/DATABASE/Leonids/2009/ 


今年は、久々に、夜中に晴れ間を追いかけてみようかなぁ~


【参考】

Amazonにカスタマーレビューを投稿して頂きました。

Amazonの拙著『あなたにもある心を回復する機能』のページに、3件目のカスタマーレビューをご投稿頂きました。


例によって「文章が分かりにくい」的なことも書かれているのですが、それにも関わらず最後までお読み下さり本当にありがたかったです。

そして、私が本書を通して伝えたかったことを理解して頂けたと感じて、とても嬉しい気持ちになりました。


「私が理解していることを何としても皆さんに伝えたい。

そして、楽な気持ちを取り戻すきっかけにして欲しい」と必死で取り組みましたので、コメントを読みながら嬉しくて涙が出そうになりました。


Amazonへのコメントからも分かりますように難解な文章もあるようなのですが、内容は「心の苦しさの解決につながる」と自負しています。


もし、よろしければ、1冊いかがですか(^o^)丿


心の苦しみから抜け出せずに困っておられる方が、一人でも少なくなることを願っています。

2009年11月13日金曜日

子供を誰かに謝らせるときに、意識しておいた方が良いと思うこと

これから書く内容は大人にもあてはめて考えられますが、ここでは親と子供との関わりに焦点を当てて説明します。


 「謝る」ということには、2つの目的があります。

  • 相手を嫌な気持ちにしてしまったことを許してもらうために詫びること
  • 自分の中の嫌な気持ちを済ませる(浄化する)こと

一般的には(というか、「世間体的には」かな…)、この1番目の目的ばかりが重視されがちです。


「相手に詫び、そして、許してもらう」ことだけを考えれば、「子供がやったことを、親が子供の代わりに謝り、相手に許してもらう」という対処でも目的は達成できます。

また、子供にしつけのことを考えて、相手への謝罪の言葉を子供の口から言わせようとすることもあるでしょう。

そのあたりは、親の教育方針や事態の重要性や緊急性などによって色々なパターンがあるでしょうし、「こうすべきだ」というやり方を想定して、それにこだわる必要はないと思っています。



しかし、「自分の気持ちを済ませる」、つまり、「子供の気持ちを済ませる」という目的は、可能な限り、こだわってあげるべきことだと考えています。


子供が悪いことをしてしまったとき、「相手が嫌な気持ちになる」ということは誰もが想像できるのですが、「嫌なことをしてしまった子供自身も、自分がしてしまったことを後悔して嫌な気持ちになっている」ということは見逃されがちです。

    子供が悪いことをしたといっても、その行為に性悪的な悪意が含まれていることは、まずありません。

    その悪い結果に結びついてしまった行為は、

    • どうして良いか分からないけど一生懸命に考えてやったこと
    • 遊びの続きとしてやったこと
    • こちらの好意に反して、相手が重く受け止めてしまったこと

    といったような、ほんとうに些細なことなのです。


    それなのに、予想外の結果になってしまって驚いているし、そして、後悔して苦しい気持ちになっているのです。


    子供のこんな気持ちを解決させてあげるためには、親が、
    • 子供自身が苦しい気持ちになっていることに気付いてあげること
    • 子供がその気持ちを込めながら謝れるように手助けしてあげること
    • 気が済むまで謝らせてあげること
    • 謝って相手から許してもらえたとき、苦しい気持ちがどうなったかを確認してあげること(軽くなったことを自覚させるため)
    が大切です。


    また、このようにして、自分の気持ちを込めて謝り自分の気持ちを済まそうとすることは、自分の為であるばかりか、後悔している気持ちが相手に伝わって1番目の目的も達成されるはずです。


    そして、もし、相手が許してくれなかったとしても、
    • 許してもらえなくて悲しかったり苦しかったりする気持ちを、そうかそうかと聴いてあげること
    この保証があれば、子供の心に『相手に謝る勇気』も湧いてくるものだと思います。


    「謝られたら許すのが大人の行動」と形式ばかりこだわっていては、お互いに苦しさを蓄積させてしまい、やがて人間関係を保てなくなるのではないかと思うのです。


    仮に、子供が謝るチャンスに恵まれなかったとしても、せめて親だけは、「そんなつもりじゃなかったんだよね。でも、あんなことになってしまってつらかったね…」などと言いながら、子供に嫌な気持ちを吐き出すチャンスを与えてあげた方が良いと思います。


    今回説明したことを意識して子供と接することが、
    • 自分は悪い子だ
    • 自分はいけない子だ
    などと、子供が真剣に思い込んでしまうことを、防ぐことになると信じています。

    子供がどんなに悪いことをしたとしても、その気持ちをきちんと理解してあげれば、「やっぱり、悪意の無い天使のような存在だった」と、きっと、気付けるはずです。子供に、悪い子いけない子なんて、決していないのです。

    (実際の子育ての場面で、そんなことばかり言っていられませんが(苦笑)、頭の片隅にでも覚えておいて頂ければと思います。)



    【関連記事】

    2009年11月9日月曜日

    書籍紹介 : 『文章力の基本』 - 文章が苦手な私には、とても参考になりました!


    ブログ・ホームページ・メルマガなどに記事を書いたり、今年の初めには本を出版したりと、文章を書くことが多いのですが、分かりやすい文章がなかなか書けずに困っていました。

    そんなときに、この「文章力の基本」を本屋で見かけて、思わず買ってしまいました。

    私が、これまで文章を書きながら「こんな感じの文章が苦手だなぁ~」と漠然とさせたままにしていたことの多くが取り上げられていたので、分かりやすい文章のためのポイントを整理できたと思っていす。

    余談…



    拙著『あなたにもある心を回復する機能』を出版する前に読んでいたら、もっと、読みやすい文章になったかな…、と思ったりもします。(苦笑) 

    文章には多少の難があるかもしれませんが、心の苦しさに関する正しい理解を広めたいと願って、一生懸命に心を込めて書きました。

    こちらの方も、よろしくお願いします。

    2009年11月6日金曜日

    心が苦しさから回復する正しいイメージと、それが身に付く流れ

    心が楽な状態に回復する流れ

    苦しい気持ちになっているとき、心が楽な状態に回復する流れのイメージが間違っていると、なかなか苦しい状態から抜け出すことができません。


    私たちは、原因があるから結果があると考えがちです。

    その考え方に従えば、「心が苦しくなる前の状態に戻せれば、心を回復させられる」と思ってその方法を考えようとするのは、自然な流れです。

    逆に、もとに戻らないことが確定的なら、過去の出来事を忘れようとしたり、今感じている心の苦しさを感じなくしようとしたりするのも、また、自然な流れかもしれません。


    これを図にすると、下図【心の回復のイメージ】の左のようになります。

    これは当たり前のように思えるかもしれませんが、実は誤りです。この誤ったイメージが、心の苦しさの解決を妨げるだけでなく、様々な執着や新たな苦しさを引き起こしてしまいます。


    正しいイメージは右図です。


    左図と右図は
    • 左図 : 前に戻ることで心の苦しさを解決しようとする
    • 右図 : 先に進むことで心の苦しさを解決しようとする
    と理解することもできます。
    (右図は前に進んだ結果、心が苦しさを経験する前の状態に戻ることを表しています。)


    そして、前に進んで心の苦しさを解決できる具体的な方法が、ブログやホームページで何度も書いている「誰かに見守られながら 、安心な雰囲気の中で、スッキリして安心になるまで泣く」ということなのです。

    『心を回復するサイクル』を完成させる

    泣き始められたら、スッキリする前に、それを中断してはいけません。

    次に、その理由を説明します。

    実際には、ただ泣くだけでも、気持ちは随分と楽になるところがありますが、それだけでは足りません。

    それだけでは、上の左図的な思考からは解放されないのです。

    泣いた人は、『泣いて気持ちが楽になる』という経験をしているはずなのですが、心を楽にすることができた行動を、今後も活用しようとは思わないばかりか、逆に、「今回のように泣くという恥ずかしいことはしないで、自分だけの力で解決していきたい」と強く決意しがちです。


    その理由は、「泣いてはいけない」という暗示が、過去に心の奥底に植えつけられてしまっているからです。その根深い暗示から解放されるには、
    • スッキリとして安心な気持ちになるまでしっかりと泣き切ること 【浄化(カタルシス)作用】
    • 泣いている自分を、誰かに暖かく見守ってもらうこと 【泣く行動の肯定】
    が必要なのです。


    この2つを、一度でもいいからしっかりと体験すると、体験者の中に心を回復するサイクルのイメージが確立し、その後の人生でも活用できるようになります。

    『心を回復するサイクル』の基礎は、親との関係の中で身につける

    心を回復するサイクルの基礎は、普通は、幼少期に、親の関わりによって身につけていくものだと考えています。

    子供の頃に、
    • 泣いているときに、親に抱き上げられた
    • 泣いているときに、抱き上げられずに、一人で放置された
    という経験の比率が影響すると考えています。


    『泣いている子供が安心になって泣き止むまで、しっかりと抱き上げる』という習慣が、親にあるかどうかが、その子に、
    • 苦しみに耐え続ける人生
    • 苦しくなっても楽な状態を取り戻しながら生きていける人生
    のいずれを与えるかを左右するのです。


    精神的な苦しさだけでなく、身体的な痛さに耐えているようなときも同じです。

    痛がっていたら、痛さが治まるまでさすってもらったり、「ここが痛いのか?痛いね痛いね…」と一緒に痛がってもらったりする体験も大切です。

    軟膏は傷の薬、「チチンプイプイ、痛いの痛いの飛んでいけーっ!」は、心の薬です。人には、その両方が必要なのです。


    子供に負の感覚・感情を一人っきりで感じさせない 

    ※これは、相手が大人でも同じです。


    これが非常に大切です。

    ここを疎かにすると、子供に「つらい気持ちになればなるほど、一人になりたがる」という悲しい習慣を身につけさせてしまいます。

    その習慣は、子供の成長過程や成人後の人生において、やがて、人の心を苦しみへと追い込んでしまうのです。


    逆に、子供が「苦しいときはには、いつも誰かがそばに寄り添ってくれる」ということを繰り返し経験すれば、心を回復するサイクルのイメージを確かなもとのします。

    そして、心を回復するサイクルの確かなイメージが、心の内側から 安心感安定感一体感自信 を生じさせ、それを強化します。


    「子供を、強い人間に育てたい」、「困難を自分で乗り越えられる人に育てたい」と考えるのは親心かもしれません。

    しかし、子供が泣いても一人きりで放置し、自分で考えて行動するこの強要することを繰り返していては、子供は心が回復するサイクルのイメージを持つことができません。

    いくら「子供のためだ」という魔法の言葉を付け加えたところで、子供のためにならないことを子供のためになることには変えられません。

    子供は、不安な気持ちのまま、親の期待する「強い心を持つ人」を演じなければならなくなってしまいます。
    (やがて、子供の心の疲労が限界に達してしまうのは当たり前です。)


    「一人で対処できる人になって欲しい」と親が願っているときに、自分で考え行動することを子供に課すにしても、それは痛さやつらさが治まったあとにすれば良いことです。

    しかし、子供の心が回復した後は、もはや子供に自分で考え行動することを要求するには及びません。

    子供の心が回復すれば、親が強制しなくても、子供は勝手に自分で考え行動するのですから…。

    「心を回復するサイクル」はいつでも身に付けられる

    「子供の頃に泣いていても抱き上げてもらえなかったから、自分は心に苦しさを抱えることになってしまった。当然、子供の頃に戻ることはできない。だから、もう楽な人生を手に入れることなんてできないんだ…」と嘆く必要はありません。


    心を回復するサイクルは、その大切さに気付き、それを手に入れたいと願ったときには、いつでも手に入れることができます。


    初めの方にも書きましたが、そのためにすることはたったの2つです。
    • スッキリとして安心な気持ちになるまでしっかりと泣き切ること
    • 泣いている自分を、誰かに暖かく見守ってもらうこと

    これらを1度でだけ、しっかりやれば良いのです。

    それだけのことで、これまで人生を覆っていた呪いのような暗示から解放されて、心を回復するサイクルが正常に機能し始めます。

    心が苦しいと感じたときは、いつでもそのサイクルによって心を楽な状態に回復させることができるようになる、つまり、苦しみ続けなくても構わない人生を手に入れることができるのです。


    また、心が回復することを繰り返し体験することによって、心を回復するサイクルのイメージは更に強化されます。

    そのイメージが確かなものとして心に定着していくにつれて、安心感が増大し、やがて心の内側から自然な勇気を湧き出てきます。


    例えば、次のような感じです。

    私たちは、多少の切り傷を負っても、それが自然に治癒することを知っています。

    だから、ススキの生い茂る草むらに、小鳥の巣がある気配を感じてワクワクすれば、半袖半ズボンでも入っていくことが出来るのです。

    もし、「切り傷は絶対に治らない」と信じ込んでいれば、どんなにワクワクする気持ちがあったとしても、決して入っていくことはできません。


    心もそれと同じです。

    とても、簡単なことなのです。


    このようにして心の内側から自然に湧きだした勇気こそが、みんなが欲しがっている心の強さの正体です。


    そんな勇気を手に入れるために、まず、強がりを止めるところから始めてみませんか?

    マイブーム「そうではない。いや、むしろ、そうだ!」

    ドラマ東京DOGS(毎週月曜日21時から放送)を見ていないと分かりにくいかもしれませんが…。

    このドラマの中には、毎回、次のようなパターンが組み込まれています。


    大塚寧々が、部下(?)が言ったことを完全否定する。

    その後、彼女の上司(三浦友和)が部下が言ったことを肯定する。

    すると、大塚寧々は発言を一転させて、何の躊躇もなく部下を肯定することを言う。


    この否定を一転させ肯定するパターンを自分に取り入れることがマイブームです。


    『別に、どちらでも良いこと』に、自分が否定的な反応をしてしまったことに気付いた時に、このパターンを取り入れ、例えば次のような感じに発言を展開させます。


    【例1】

    雨が降って寒々しい日に、子供が「外に遊びに行きたい」と言ったとします。

    それに対して、私が「雨で寒いから、風邪をひかないように家で遊んだら・・・」と言ってしまったら、間髪いれずに「遊びに行ってもいいよ…、いや、むしろ遊びに行くべきだ!(笑)」


    【例2】

    嫁さんの「窓ガラス拭こうかなぁ~」という言葉に「まだ、綺麗だから大丈夫じゃない?」と返してしまったとき、「拭いたらいいかもねぇ~、いや、むしろ、拭くべきだ!(笑)」


    【例3】

    ドラマを見ていて「この場面で、このセリフはないよねぇ~」と言ってしまったとき、「いや、ある、むしろ、そう言うべきだ!(笑)」



    こんな感じです。

    このように言ってみると、どちらでも良いようなことへのこだわりを、軽いタッチで引きはがしてくれるように感じています。


    私は、結構楽しいですし、「相手の気持ちを大切にすることにもつながるかも!?」って思っています。
    (まっ、遊びなんですけどね(^_^;))


    ただ、それをやるとしたら、その前に、東京DOGSを見せておくか、そのパターンを説明しておく必要があります。

    もし、それを怠ると、ドラマ中の大塚寧々を、自分が現実の生活において演じることになってしまいますから!(苦笑)