人には、意識しないところで、
次の2つの傾向性を身につけてしまっているところがあるように思います。
○特に意識していなければ、これまで慣れ親しんできた行動を、無意識のうちに繰り返してしまう
○その行動によって、過去の試行錯誤の結果、もっとも手に入れることが多かったことを、無意識のうちに求めてしまう
この2つをまとめると、
『今まで手に入れることができたことと同じものを、今までと同じ方法で手に入れよう』
と無意識に反応してしまう傾向があるという表現になります。
『1.手に入れようとすること』、『2.手に入れるための方法』という2部構成の第1回目として、今回は、『手に入れようとすること』について、詳しく考えてみたいと思います。
●『手に入れようとすること』について
本来ならば、『自分が手に入れたいもの』そのものを手に入れることが、最も望ましいことであることは、明らかな事です。
しかし、思い通りにならないのは世 の常で、人は、なんとかそれを得ようと試行錯誤を繰り返す中で、たまたま、「これが望んでいたことかもしれない・・・」というものを得る経験をします。
そ して、再び試行錯誤を繰り返し、『何かを得る』という経験を積み重ねていきます。
そうする中で、自分が望むことで手に入れることができることを、経験的に学んでいきます。
そして、手に入れることができることを、効率的に手に入れようとするようになっていきます。
つまり、望みそのものが、知らないうちに、次のような流れで割り引かれていくということを意味しています。
◇自分が本当に手に入れたいもの
↓
◇自分が本当に手に入れたいものに近いもの
↓
◇自分が本当に手に入れたいものではないが、無いよりはマシと思えるもの
ですから、今、あなたが「私は、こう望んでいる」と思っていることは、
実は、あなたの本当の気持ちではない可能性があるのです。
【例】
本当はお父さんやお母さんにゆっくり話を聴いてもらうことで、愛情を感じたいと思っていても、
○忙しくて話は聴いてもらえないけどお金はくれるお父さんだったら、お父さんに対しては、お金を貰うことで妥協してしまうかもしれません。
○また、何か、ものを買ってもらうことで妥協してしまうかもしれません。
○自分の話ばかりをするお母さんだったら、構ってもらえないよりはマシなので、お母さんの話を聴くことで満足しようとするかもしれません。
○子供に無関心な両親だったら、褒められようと努力したり、無視されるよりマシなので怒られようとするかもしれません。
他にも、たくさんの状況はあると思います。
そして、育った家庭や環境を離れた後でも、自分が満たされないと感じたときに、本当は大人になったことによって、もっと自由に望むことが出来るなずなのに、小さい頃に馴染み深かった『愛情の代替物』を、やっぱり得ようとしてしまうところがあるのです。
自分が満たされないと感じたときに、相手にどんなことを求めるかという傾向を見つめてみると、愛情の代わりに求めてしまっていたことや、我慢してしまっていた本当の望みに気付くきっかけになるかもしれません。
また、もし、「何かを望むことが実現しても、なぜか満たされない・・・」という感覚があったら、「自分が本当に望んでいることって何なのだろう?」、「私は、一体何を我慢しているのだろう?」と、ゆっくりと見つめてみようとすることは、大切な事かもしれません。
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