新しい記事は新ブログに投稿しています。



2007年11月28日水曜日

逃れられない真実

悩みにはまり込んでしまう時、我々は見失ってしまっている真実があります。


『人間は、如何なる状況においても、その時々の自分にでき得る限りの努力をしている』という事実からは逃れる事ができない



悩みにはまり込んでしまっている時、この真実を受け入れることができなくなってしまっています。


逆に、このことを受け入れることができたとき、きっと、悩みから解放されるだろうと思います。

2007年10月30日火曜日

メルマガ編集後記【No.0013】

今回のメルマガでは、目の前に問題が生じているとき、その解決しようとするときに陥り易い「現状を受け入れる」という思考について考えてみました。

そして、「何かを受け入れる」ということを前提に説明した方が理解しやすいと思ったので、「受け入れるべきものは自分の感覚や感情である」という流れの説明をしました。

しかし、もう少し正確に説明しようとすると、少しニュアンスが変わってきます。


次の例で少し考えてみたいと思います。


【例】

例えば、小便がしたくなったら、特に深くは考えることなく当たり前のようにトイレに行って、用を足すことができると思います。

ところが、トイレに行くと100人以上の行列ができていました。

このとき、どのように考えるでしょうか?

恐らく、次のような対立する言葉が、脳裏を横切るだろうと思います。

・用を足せる/用を足せない
・我慢できる/我慢できない
・ついていない/ついている


ここから考えると、「私たちの自然な営みが妨げられた時このような対立する言葉が浮かぶ」というように考える事ができると思います。

そして、自然な営みを完結できたとき、その考えから解放されます。

逆に考えると、私たちがこのような対立する言葉を意識してしまっている時、「私たちの自然な営みの某かが妨げられている状態」と考えることもできるのではないかと思います。

私たちは、過去の経験によって、対立するどちらかの言葉を、解決策、または、問題点として認識するような傾向性を身につけてしまっているところがあります。

しかし、それらの言葉のどちらの側に立ってみても、それを深く掘り下げてみたとしても、大して意味のあることとは思えません。

なぜなら、放尿したいだけなのですから。

対立する言葉のどちらかについて深く掘り下げる事ではなく、どうやって放尿するのかを考えることが大切なのです。

直ぐ近くに空いているトイレがあることに気付いたり、さっきまでの行列がもうなくなっていることに気付いたりするだけで、それは済ませることができるかもしれません。

この例のように、生理現象であれば、割り合い理解しやすいところがあると思います。

そして、生理現象以外にも私たちにとっての自然な営みはあるということを認識する事が大切です。

  • 嬉しいときには喜ぶ
  • 悲しい時には泣く
  • 寒ければ暖かくなるようにする
  • 苦しい時には泣く
  • 疲れたら休む
  • やる気の出ないときは、無理にやろうとしない
  • いじめられたら悲しい
  • 褒められたら嬉しい
  • 失敗したら悲しい

挙げればキリが無いのでこのくらいにしておきます。


最後にメルマガの内容をトイレの例で表現しておきます。

あなたは、放尿したかったということを忘れてませんか?

そのことを思い出して、さっさと用を足してしまいましょう


ちなみに、何をすれば放尿したことになるのかというと、
「理解してくれる人に、感情や感覚を話し、聴いてもらうこと」です。

(事実や評価を話すだけでは、放尿できません!)

2007年9月22日土曜日

ブログのURLが変更になりました。

このブログのURLが変更になりました。

新URL:http://blog.pureheart-counseling.com/

ブックマークをして頂いている方は、変更して下さい。

2007年8月15日水曜日

メルマガ編集後記【No.0012】

今回のメルマガは、かなり長文になってしまいました。


(バックナンバー:メルマガ「読むカウンセリング」(No.0012) 『楽』になっても良いんです)


各章の論理的なつながりは、うまくできていないかもしれませんが、読み終わったあと、心の中で各章の内容が何となく結びついて、ぼんやりと何かを感じて頂けることを願っています。


メルマガでは、「どっちにしても、『自分の中の嫌な気持ち』からは逃げられない」という論調で説明しました。

でも、正確に表現すると、『本当の気持ちから逃げられない』ということです。


本当の気持ち、そこには様々な感情(嬉しい、悲しい、寂しい、楽しい、つらい、苦しい・・・)が含まれます。メルマガではそんな感情に絞って説明したわけですが、そこには、自分の本当の望みも含まれています。


メルマガの例で言えば、「大勢の前で話す」ということに、何の興味も無いのなら、大勢の前で話そうが話すまいが、別に、どっちでも良いことです。


話さなくても、自分の気持ちは、サッパリしたものです。


しかし、そこに「大勢の前で話してみたい・・・」という望みが、例え僅かでもあるのなら、その自分の望みを大切に思い、それを叶えていこうとするということも、自分の気持ちから逃げないことになります。


そんな時、自分の中に生じたネガティブな感情や感覚を、自分自身が優しく受けとめ癒やすことができれば、きっと、願いを大切にし続けることにつながるだろうと思います。


結局のところ、私たちが『逃げる』ということを意識した時に


■目の前の課題から逃げる

と思っていたことは、直接の動機としては

■嫌な気持ちから逃げる

ということではあるのですが、その構図を全体を眺めた時に

■自分の願いから逃げる

ということになっているのだろうと思います。



そんな構造的なところからで身に着いた習慣や感覚によって、『心が楽になる』という一番手に入れたいことの実現を目前にすると、そこから逃げたくなる感じが生じてしまうのかもしれません。


「楽になるって、逃げることにはなりませんか?」という質問の意味は、そういうことではないかと思います。


願いが叶っても良いんです!


願いが叶う事に臆病にならず、次々に、願いを叶えていきましょう!


例えば、「いつか、きっと、海外旅行をしよう」と夢見ているとしたら、とりあえず言ってしまえば良いのです。


その気になれば、案外、簡単に実現することは多いということが体験で理解できると思います。

2007年7月25日水曜日

メルマガ編集後記【No.0011】

メルマがでは「泣けば心は安心になる」というような書き方をしました。

(バックナンバー:メルマガ「読むカウンセリング」(No.0011) 「あの頃の自分」に戻りたい )

しかし、いきなり「泣け」と言われても、多分、ほとんどの場合泣くことなどできないと思います。

では、実際の場面では、どのように対処すれば良いのでしょうか?

それは、「正しく相談」するということを意識すれば良いのです。


ここで相談と愚痴の違いについて説明しておきます。


普通、相談と思われている行為は、出来事や状況の説明し終始することがとても多いように感じています。

この場合、相手の反応と自分の達成感という2つのポイントがありますので、その2つについて説明します。

1.相手の反応

本人は、一生懸命説明しているのですが、それを説明された方は、どのように対処したら良いのか困ってしまいます。


そして、それなりに精一杯考えて
  • 問題の解決方法を考えて教えてあげたり
  • 自分の経験談を話したり
  • 自分の考えを話したり
  • 一般論を引き合いに出しながら励ましたり
大体、そんな対応になりがちになってしまいます。


しかし、そのようなやりとりで、相談した側が満足できるのは、相手が自分とおなじように評価していると感じられたときに限られます。

たとえば、誰かの悪口を言ったとき、相手が同じようにその誰かのことを悪く言ってくれて、初めて、何となく心が満たされたように錯覚することができるような感じです。

しかし、実際は、ものごとには、いろいろな側面があり、また、それを評価する人にもさまざまな価値観があり、自分と同じように評価することを相手に強いるのはかなり難しいことです。

ですから、自分の好ましい反応をしてくれた人にこだわり、その人にこだわってしまうようになってしまうこともあります。

2.自分の達成感

誰かに嫌なことについての説明をしても、言いたいことが話せていないような、未達成感を感じることがあります。

そして、その未達成感があるから、また、別の人にも同じような話をしてしまったり、別の機会に同じ人に同じ話を繰り返してしまったりします。

たとえば、自分のコンプレックスをのようなものを、新しく出会ったこれから友達になるかもしれない人すべてに話さないといられないような感じがするのも同じようなことかもしれません。

しかし、実際問題、すべての人に自分の悩みを打ち明けることなどできませんし、それで、何かが解決するとも思えないのは、その人自身が知っていることだと思います。

これは、肝心なことを話せていないことから陥る感覚だと考えています。

ではどうすれば良いのか?

あえて難しい表現をすると、客観を話すのではなく主観を話さなければ相談にはなりません。

そして、きちんと相談できれば、気持ちは楽になるのです。


これが、今回のメールマガジンのポイントです。

・あいつは、こんなことするなんて、本当に嫌なやつだ

ではいけません。


・あいつに、こんなことをされて、自分は嫌な気持ちになった

という感じです。


もっと省略してもいいかもしれません。


・自分は嫌な気持ちになっている

このことを相手に理解してもらうことが大切なのです。


「自分が・・・な気持ちだ」と言えば、相手は、「そうか、そういう気持ちなんだな」と受けるしかなくなります。


相手の価値観に左右されるところは排除されるのです。


そして、相手は、それだけでは理解できないので、「ところで、どうしてそんな気持ちになったの?」と、自然な流れでもっと理解しようとしてくれることは多いと思います。


苦しかったりつらかったりするときは、そんな会話をしていると、自然に涙が出てきることも多いと思いますし、泣かなくても、気持ちは次第に楽になっていくはずです。



■事実関係ではなく、気持ちを話す。


事実関係のことは、そんな気持ちになった事情を理解してもらうための補足説明程度の位置づけでしかないのです。

気持ちをきちんと話す。

それが、愚痴を繰り返すことから脱し、きちんと相談し気持ちを楽にすることにつながるのです。

気持ちをきちんと話す。

私たちは、自分がどう感じているのかを、きちんと分かってほしいだけなのです。

だから、気持ちを話さなければ、何も始まらないし、そして、何も終わらないのです。

そして、ひとりの人にきちんと話すことができれば、他の人に話す必要はなくなります。


しかも、話した相手にすがるような囚われからも回避できるのです。