心が楽な状態に回復する流れ
苦しい気持ちになっているとき、心が楽な状態に回復する流れのイメージが間違っていると、なかなか苦しい状態から抜け出すことができません。私たちは、原因があるから結果があると考えがちです。
その考え方に従えば、「心が苦しくなる前の状態に戻せれば、心を回復させられる」と思ってその方法を考えようとするのは、自然な流れです。
逆に、もとに戻らないことが確定的なら、過去の出来事を忘れようとしたり、今感じている心の苦しさを感じなくしようとしたりするのも、また、自然な流れかもしれません。
これを図にすると、下図【心の回復のイメージ】の左のようになります。
これは当たり前のように思えるかもしれませんが、実は誤りです。この誤ったイメージが、心の苦しさの解決を妨げるだけでなく、様々な執着や新たな苦しさを引き起こしてしまいます。
正しいイメージは右図です。
左図と右図は
- 左図 : 前に戻ることで心の苦しさを解決しようとする
- 右図 : 先に進むことで心の苦しさを解決しようとする
(右図は前に進んだ結果、心が苦しさを経験する前の状態に戻ることを表しています。)
そして、前に進んで心の苦しさを解決できる具体的な方法が、ブログやホームページで何度も書いている「誰かに見守られながら 、安心な雰囲気の中で、スッキリして安心になるまで泣く」ということなのです。
『心を回復するサイクル』を完成させる
泣き始められたら、スッキリする前に、それを中断してはいけません。次に、その理由を説明します。
実際には、ただ泣くだけでも、気持ちは随分と楽になるところがありますが、それだけでは足りません。
それだけでは、上の左図的な思考からは解放されないのです。
泣いた人は、『泣いて気持ちが楽になる』という経験をしているはずなのですが、心を楽にすることができた行動を、今後も活用しようとは思わないばかりか、逆に、「今回のように泣くという恥ずかしいことはしないで、自分だけの力で解決していきたい」と強く決意しがちです。
その理由は、「泣いてはいけない」という暗示が、過去に心の奥底に植えつけられてしまっているからです。その根深い暗示から解放されるには、
- スッキリとして安心な気持ちになるまでしっかりと泣き切ること 【浄化(カタルシス)作用】
- 泣いている自分を、誰かに暖かく見守ってもらうこと 【泣く行動の肯定】
この2つを、一度でもいいからしっかりと体験すると、体験者の中に心を回復するサイクルのイメージが確立し、その後の人生でも活用できるようになります。
『心を回復するサイクル』の基礎は、親との関係の中で身につける
心を回復するサイクルの基礎は、普通は、幼少期に、親の関わりによって身につけていくものだと考えています。子供の頃に、
- 泣いているときに、親に抱き上げられた
- 泣いているときに、抱き上げられずに、一人で放置された
『泣いている子供が安心になって泣き止むまで、しっかりと抱き上げる』という習慣が、親にあるかどうかが、その子に、
- 苦しみに耐え続ける人生
- 苦しくなっても楽な状態を取り戻しながら生きていける人生
精神的な苦しさだけでなく、身体的な痛さに耐えているようなときも同じです。
痛がっていたら、痛さが治まるまでさすってもらったり、「ここが痛いのか?痛いね痛いね…」と一緒に痛がってもらったりする体験も大切です。
軟膏は傷の薬、「チチンプイプイ、痛いの痛いの飛んでいけーっ!」は、心の薬です。人には、その両方が必要なのです。
子供に負の感覚・感情を一人っきりで感じさせない
※これは、相手が大人でも同じです。
※これは、相手が大人でも同じです。
これが非常に大切です。
ここを疎かにすると、子供に「つらい気持ちになればなるほど、一人になりたがる」という悲しい習慣を身につけさせてしまいます。
その習慣は、子供の成長過程や成人後の人生において、やがて、人の心を苦しみへと追い込んでしまうのです。
逆に、子供が「苦しいときはには、いつも誰かがそばに寄り添ってくれる」ということを繰り返し経験すれば、心を回復するサイクルのイメージを確かなもとのします。
そして、心を回復するサイクルの確かなイメージが、心の内側から 安心感 ・ 安定感 ・ 一体感 ・ 自信 を生じさせ、それを強化します。
「子供を、強い人間に育てたい」、「困難を自分で乗り越えられる人に育てたい」と考えるのは親心かもしれません。
しかし、子供が泣いても一人きりで放置し、自分で考えて行動するこの強要することを繰り返していては、子供は心が回復するサイクルのイメージを持つことができません。
いくら「子供のためだ」という魔法の言葉を付け加えたところで、子供のためにならないことを子供のためになることには変えられません。
子供は、不安な気持ちのまま、親の期待する「強い心を持つ人」を演じなければならなくなってしまいます。
(やがて、子供の心の疲労が限界に達してしまうのは当たり前です。)
「一人で対処できる人になって欲しい」と親が願っているときに、自分で考え行動することを子供に課すにしても、それは痛さやつらさが治まったあとにすれば良いことです。
しかし、子供の心が回復した後は、もはや子供に自分で考え行動することを要求するには及びません。
子供の心が回復すれば、親が強制しなくても、子供は勝手に自分で考え行動するのですから…。
「心を回復するサイクル」はいつでも身に付けられる
「子供の頃に泣いていても抱き上げてもらえなかったから、自分は心に苦しさを抱えることになってしまった。当然、子供の頃に戻ることはできない。だから、もう楽な人生を手に入れることなんてできないんだ…」と嘆く必要はありません。心を回復するサイクルは、その大切さに気付き、それを手に入れたいと願ったときには、いつでも手に入れることができます。
初めの方にも書きましたが、そのためにすることはたったの2つです。
- スッキリとして安心な気持ちになるまでしっかりと泣き切ること
- 泣いている自分を、誰かに暖かく見守ってもらうこと
これらを1度でだけ、しっかりやれば良いのです。
それだけのことで、これまで人生を覆っていた呪いのような暗示から解放されて、心を回復するサイクルが正常に機能し始めます。
心が苦しいと感じたときは、いつでもそのサイクルによって心を楽な状態に回復させることができるようになる、つまり、苦しみ続けなくても構わない人生を手に入れることができるのです。
また、心が回復することを繰り返し体験することによって、心を回復するサイクルのイメージは更に強化されます。
そのイメージが確かなものとして心に定着していくにつれて、安心感が増大し、やがて心の内側から自然な勇気を湧き出てきます。
例えば、次のような感じです。
私たちは、多少の切り傷を負っても、それが自然に治癒することを知っています。
だから、ススキの生い茂る草むらに、小鳥の巣がある気配を感じてワクワクすれば、半袖半ズボンでも入っていくことが出来るのです。
もし、「切り傷は絶対に治らない」と信じ込んでいれば、どんなにワクワクする気持ちがあったとしても、決して入っていくことはできません。
だから、ススキの生い茂る草むらに、小鳥の巣がある気配を感じてワクワクすれば、半袖半ズボンでも入っていくことが出来るのです。
もし、「切り傷は絶対に治らない」と信じ込んでいれば、どんなにワクワクする気持ちがあったとしても、決して入っていくことはできません。
心もそれと同じです。
とても、簡単なことなのです。
このようにして心の内側から自然に湧きだした勇気こそが、みんなが欲しがっている心の強さの正体です。
そんな勇気を手に入れるために、まず、強がりを止めるところから始めてみませんか?
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