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2007年5月15日火曜日

心のコンピュータ処理的な理解

『心のコンピュータ処理的な理解 』ということに取り組むことにしました。

詳細は随時更新していく予定ですが、
今はまだ、『処理フロー《第0版》』(PDF)だけです。

でも、そのフローを見ながら、何か面白いことになりそうな予感がしています。

心の苦しみや悩みについて、これまでとは違う側面から眺める事ができるかもしれません。

お暇なときにでも、覗いてやって下さい。

完成すれば、もしかしたら、感情を持つロボットができるかも!?(なんちゃって)

2007年5月5日土曜日

見て学んでしまう・・・

「つらい出来事を子供たちのトラウマにしてしまわないように」という事で、
私が意識している事は、つらいことがあって泣いている時は、
とりあえず、その理由や内容の良し悪しは無視して、
その気持ちに目を向けるようにしています。

そして、具体的に行動していることは、
「抱き上げて、泣き止むまで、気長に抱きしめてあげる」
ということなのです。

【参考:そうかそうかムーブメント
 
 
現在、長男は4歳、次男は2歳なのですが、
2人並べると、どうしても長男が色々な事の責任を負わされることが多いようで、
母親の矛先は、主に、長男に向かいがちです。

とりあえず、私にできることは、抱きしめることしかないので、
その都度、抱きしめるようにしています。
(自宅で仕事をしているので、結構な確率で、それをしてあげることは出来ていると思います。)


それが功を奏してか、長男は、今のところはいじけることなく、
母親を怯えるような事もなく、懲りずに同じようなことで母親にて怒られるということは 繰り返しながら過ごしています。
(母親にとっては、「何度同じことを言っても、言うことを聞かない!」ということになってしまうのですが・・・)

ただ、最近、気になることは、次男のことです。


どうも、怒られるかも知れないと感じることは、
やる前に自制してしまっている
つまり、見て学んでしまっているようなのです。

 
「この見て学ぶ」ということは、
将来、無意識の我慢につながってしまう恐れがあります。

 
【参考:メルマガバックナンバー『読むカウンセリング:兄弟姉妹が仲が悪くなる事情』
http://www.pureheart-counseling.com/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%AC...
 
 
自然に学んでしまうのですから、
それを止めるのはとても困難なような気がしました。

なぜ、学んでしまうのだろう・・・?

しばらく考えました。
 
 
そして、長男が怒られているのを見て、
恐怖を感じ、その恐怖が自分に降りかからないようにするために、
「同じようなことをしない方が良い」と考えるのだろうと考えました。
 
 
で、その怖さに対して働きかけるしかないのだろうという結論に至りました。

つまり、具体的には、長男が怒られている場面では、次男を抱きしめるということです。

その意味は、独りぼっちでその怖さに向きあわさせないようにするためです。

そして、長男が怒られ終わったら、今度は、長男を抱きしめる
 
 
 
そんなことをしながら、
しばらく、様子を見てみようと思う今日この頃です。

2007年5月3日木曜日

スクールカウンセラーに関する私見

現在の私のスクールカウンセラーに対して、なんとなく、次のような感じではないかと認識しています。
  • 定期的に全生徒の話を聞き、悩みを一人きりで抱えないようにフォローしている
  • 心に悩みを抱えた生徒の相談相手として関わっている
  • 問題のある生徒を更生させようとしている

 
しかし、実際のところ、スクールカウンセラーが、どのような組織によって配備され、具体的にどのような方針によって活動しているのかということを、私はあまり知りません。

ですから、これから書くことは、既に行われていることかもしれませんし、或いは、全くの的外れな内容かもしれません。お読み下さるときはご注意下さい。

まず、「生徒の心に関する専門家は誰か?」ということなのですが、これは、やっぱり、学校の先生であると感じています。

普段の子供の様子を見て、そして、接することができるのは先生しかいないからです。
 
 
子供たちのことを考えても、
  • スクールカウンセラーという特殊な人に、特殊な時だけ話をする
というよりは、
  • いつでも話したいときに話して受けとめてもらえる
という方が、きっと、日々の生活の安心感につながるのではないかと思います。
 
 
ですから、もし、子供たちの心をスクールカウンセラーだけでフォローしようとする考え方があるとしたら、それには無理があるような気がするのです。
 
 
 
話は少し変わって、知人の先生から聞いた話なのですが、その小学校では、先輩の先生が後輩の先生(新卒の先生でさえも)をフォローすることはほとんどなく、放置されている状態だということでした。

その小学校が特殊なのかもしれませんが、もし、それが一般的な先生の置かれている状況だとしたら、結構、厳しい環境だなって感じました。
 
 
子供たちと接する場合、曖昧な表現ですが『子供を愛する』ということは、とても大切な方向性ではあると思います。

先生になるような人は、きっと、誰から言われなくても、もともとそんな気持ちの強い人だろうと想像しています。
 
 
しかし、「ただ他人を愛そうとすること」には、限界があります。

恐らく、「ただ愛する」ということだけを目指してしまったのでは、ほとんどの場合、何らかの我慢を強いられる事になり、我慢が蓄積された結果、『感情の爆発』や『うつ的な気持ち』に到達してしまいそうな気がします。

更に、社会からも、先生というだけで、『ただ愛する』ということを求められがちな雰囲気は、そんな気持ちに追い討ちを掛けるのかもしれません。
 
 
私の心に関する結論の一つに『自分が愛されているということを実感できなければ、人を愛することなどできない』というのがあります。

つまり、愛する前に、愛される方が先だということです。愛されるような自分に変わらなければならないということではありません。
今の自分のままで愛されていると実感することが先だと言っています。

学校の先生は「自分が誰かから愛されている」という実感が持てるような状況にあるのだろうか?
そのことがとても気になります。
 
 
で、スクールカウンセラーがカウンセリングする対象を、生徒ではなく、先生にしてみたらどうかと思うのです。

すると、
  • 先生が自分の気持ちをスクールカウンセラーに受けとめてもらうことで『愛されている』に近い感覚を実感する事ができる
  • そして、愛されていると感じるから、子供たちを自然に愛することができるようになる
のではないかと思うのです。
 
  • 皆さんは、学校の先生のこと、愛していますか?
  • 皆さん自身は、誰かから、愛されていると感じていますか?

2007年4月30日月曜日

暗示は伝染する!?

【重要】
※最後の【追記】は、必ず読んで下さい。そうしないと、暗示が伝染してしまいます!?

ここ数年の経験によって、最近、私の概念が覆りつつあることがありました(というか、覆ってしまっていました。)

外を歩いている時に、とても大きなプードルを見かけることがチョコチョコっとあり、「へぇ~、プードルって小さい犬だと思っていたけど、あんな大きなプードルもいるんだ!」と、感心していました。

「お金持ちは、かっこいい大型犬を散歩させている」なんてイメージも何となくあったので、「お金持ちが飼うプードルも、普通とはちょっと違うんだなぁ~」なんて納得感があったのです。

ところが、次の記事を読んでビックリしました。

Tokyo Fuku-blog: 日本でプードルと偽ってヒツジが大量に売られている

プードルは、独特の形に毛が刈り込まれているという印象が強い犬です。

ですから、私は、

「プードルという犬の種類」をプードルと認識する

というよりは、

「プードル独特の毛の刈り込み」をプードルと認識する

ということに陥ってしまっていたのです。


ただ、1度、そのような状況に遭遇しただけでは、「あれは、プードル?」という疑問は残ったままになっただろう思います。

でも、それを異なる場所で複数回見かけたということにより、疑問は無くなり、それを事実として受けとめてしまったようなのです。

恐らく、その異常に大きなプードルを飼っている人は、それがヒツジだと思っている人はいないのではないかと思います。

この『日本でプードルと偽ってヒツジが大量に売られている』という記事を読んでいない人は、それをプードルと今でも信じているのだろうと思います。

「信じている」、それを別の言い方をすると、それらの飼い主は、『それがプードルだという暗示にかかっている』ということができます。

そして、暗示にかかった人からの刺激を受けることによって、それに興味など無かった人まで、その暗示を受け入れてしまいがちになるということが、私が体験したことの説明になるのだろうと思います。

さて、普段の生活においても、恐らく、このような状態は色々と起こっているのではないかと思います。

プードルの例のように極端なことなら気付くこともあるかもしれませんが、地味なことについてはそれが暗示だということに気付くのはかなり難しいだろうと思います。

ですから、意識されない流れの中で広がっている暗示は、結構沢山あるのかもしれないと思えるのです。


ここでは詳しくは書きませんが、『悩みを解決する』ということについても、悩みを解決できなくするような様々な暗示が広まって受け入れられてしまっ ている現状があるように感じるのです。

(「心理百科事典」で、順次説明していこうと取り組んでおりますので、興味がある方は見てみて下さい。(まだ、作り はじめですが・・・)

マスコミから流される情報には(それを報道と称しているものであっても)、そのように暗示を広める働きがあるということは、我々はきちんと理解しておく必要があると思います。


【追記:重要 2007.04.30】
この記事を投稿してから、ちょっと、気になったので調べてみたら、やっぱり大きいプードルがいるということも分かりました。

ワールドドッグ図鑑◇スタンダードプードル

何が真実で、何が思い込みか。

今回のことでは、私は、『あれは思い込みだった』と思い込みかけていたということのようです。

事件は本当にあったのかもしれませんが、その事件によって、正しい認識まで否定するところでした。

かなり勉強になりました。

いやいや、お恥ずかしい・・・(苦笑)

【追追記 2007.05.02】

どうも、この件は、事件すら起こっていなかった可能性があるらしい・・・(やれやれ)

J-CAST ニュース : 「プードルと偽って羊販売」 「珍報道」世界を駆け巡る

2007年4月27日金曜日

教育再生会議:親向けに「親学」提言

教育再生会議:親向けに「親学」提言 母乳、芸術鑑賞など-行政:MSN毎日インタラクティブというニュースが紹介されていた。
 ◇「親学」提言のポイント
(1)子守歌を聞かせ、母乳で育児
(2)授乳中はテレビをつけない。5歳から子どもにテレビ、ビデオを長時間見せない
(3)早寝早起き朝ごはんの励行
(4)PTAに父親も参加。子どもと対話し教科書にも目を通す
(5)インターネットや携帯電話で有害サイトへの接続を制限する「フィルタリング」の実施
(6)企業は授乳休憩で母親を守る
(7)親子でテレビではなく演劇などの芸術を鑑賞
(8)乳幼児健診などに合わせて自治体が「親学」講座を実施
(9)遊び場確保に道路を一時開放
(10)幼児段階であいさつなど基本の徳目、思春期前までに社会性を持つ徳目を習得させる
(11)思春期からは自尊心が低下しないよう努める
国家として真剣に議論した結果がこれかと思うと、国の行く末が心配になる・・・。

議論だけで終わらせてくれることを心から願う。